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真のプロの仕事は基本的な作業の「精度」を高めていくこと(心臓外科医の仕事術に学ぶ)

公開日: : プロの仕事術, 書籍

2016-06-29 6-53-02

神の手を持つ外科医も一歩ずつコツコツと

外科医のお仕事には純粋に興味があります。

ほんと、職人ですよね(プロスポーツ選手にも匹敵する)。人の命と向き合いながらも、己の技術の研鑽に励む。同じ刃物を持っていても、侍のそれとは、違い「活人剣」ですよね。よく意味がわかりませんが・・。ただ、単純に読みたくて買った本です。

心臓外科医の覚悟 医師という職業を生きる<心臓外科医の覚悟 医師という職業を生きる> (角川SSC新書)

著者は、現在、川崎幸病院で大動脈センターを作り、センター長として活躍しておられる山本晋氏です。心臓外科手術の中でも大動脈手術という「地味」な分野(ご自分で言われています)のプロフェッショナルとなった方のお話は、別分野でもプロになりたい人の啓発になります。天才!とか、スーパープレイ!ではなく、一歩一歩コツコツと積み上げていく大切さを教えてくれます。
では、いくつか刺さった部分を私のコメントをつけながら紹介してみます。

手術は「頭」でするものだ

「外科医は手先が器用とか言われるが、私にはその意味がよくわからない。指先は手とつながっていて、手は腕とつながっていて、腕は肩につながり、その先には首があって、そして最後は脳につながる。つまり、このすべての部分が有効に働くから、手先が手術に必要な動きをするのである。常日頃「手術は手でするものではない、頭でするものだ!」と後輩たちに口を酸っぱくして言い聞かせている(P30)」

手術に必要なのは、手先の訓練ではなく、頭の訓練。これは、著者の基本的な考えです。手術だけではなく、突き詰めるとどんなことも「脳」が関係していることを改めて気付かされます。最近読んでいた、林氏の「勝負脳の鍛え方」でも触れられていた考えですが、スポーツも身体競技というよりは「脳」の競技です。仕事もそうかもしれません。最近、脳科学にぐっと興味を持ちだしているのですが、ちょうど、シンクロして、この著者の言葉に目が止まりました。

手先の訓練ではない、脳の訓練が大事だ。これを裏付けるのは、著者が大動脈手術をマスターするためにベイラー医科大学のコセリ先生に師事した際のエピソードです。コセリ先生の手術に付き添った著者は、その手術の術式をひたすら目に焼き付けて、休憩時間にノートに書き取っていきます。もちろん、それだけでは、後で見直すとわけがわからないので、家に帰ってノートの清書をします。実は、これが、留学における最も大事な日課だったというのです。

500例以上の手術をまとめた後のことを、著者はこう述べています。

「はじめの頃は、一例のノートをまとめるのに何時間もかかることがあった。・・・たかがノートをまとめるのに毎日徹夜していたなんて、普通の外科医が聞いたら「なんで?」と思われるに違いない。でも、私にとっては、このノートを書くことが唯一で、しかも最良の手術習得法であった。このノートを書くことが、留学における最大の自分の任務であると決めたのである・・・・ほぼすべての大動脈手術の術式を、何度も何度もノートに清書した結果、もうノートを取らなくてもコセリ先生の術式が頭のなかに入っていることに気がついた。そのときの感激はいまでも忘れない。頭と手は直結している。頭の準備はできた・・・と思った。(P35-36)」

まずは、頭のなかに、手術の術式を叩き込むこと。つまり、頭の訓練です。これが、日本ではまだまだ普及していなかった大動脈手術を完全にマスターする助けになったのは間違いありません。外科といえば、とにかく「場数」で、難手術をこなせるようになるというイメージがありましたが、その考えが覆されました。

「手術はスポーツではない。何回も繰り返し、筋肉や関節や骨格に覚えこませるものではない。もちろん反復練習も絶対必要ではあるが、それがすべてではなく、むしろ反復練習よりも、頭で理解することの方が、はるかに重要であると思う。手術を自分で行うためには、その術式の工程をすべて理解し、把握している必要がある。・・・頭で手術の工程を何度も反復して、シュミレーションを繰り返すことである。そして、それは一度見た手術を、手術が終わった後に、逐一ノートに書き写すことによって可能となる。気取った言い方をすれば、手術はメスによって上達するものではなく、紙とペンによって上達する・・・(P44)」

最も高度な手技のひとつである心臓外科手術を身につける手法が、このノート法ですから、他のどの分野も同じように訓練していくことは可能だと考えられます。

私の仕事に置き換えてみると、人前でお話すること(講演)がかなりの程度ありますが、大事なのは単に「量」をこなす、本番を何度もこなすというより、頭の訓練、基本に忠実に何度も何度も手順をアウトプットすることなのだと学びます。築山節氏の脳科学の本でも学びましたが、記憶を本当に定着させるには「出力」するのが一番です。見て覚えたと思っても、例えば、図化してみる、または文字にしてみると、意外にあやふやである。こういうことはよくあるものです。正確に細部まで、まずは紙面上で表現できるかどうか、最後までそれを詰めていく。

私がよくしているのは、話す内容をマインドマップにまとめることです。一度まとめるのではなく、同じ題材を何度も何度もまとめ直します。話していると同じようにしながら、えんえんとまとめなおしていきます。そうすると、自分の中でまだ十分にまとめきれていない部分や、掘りが甘い部分、重要ではないのにふくらませている部分が多く見つかります。その細部まで、つめていくと、当然ですが、完成度の高い講演となります。私は著者のように、人の命に直接関わる緻密な技術を研鑽しているわけではないものの、プロフェッショナルになる仕事の訓練の仕方という点で、大いに学びがありました。基本に忠実に「脳」を訓練し続けようと再び決意しました。
さて、大動脈手術は、著者によると、大変「地味」なものだといいます。他の分野の手術ではスーパーテクニックを披露するような花形医師もいるようですが、著者が目指す理想はそれとは異なっています。

真のプロの仕事は基本的な作業の「精度」を高めていくこと

「心臓外科医の手術は、一つ一つの部品を丹念に積み上げていく緻密な作業のようなものである。独りよがりの突飛な思いつきや、アクロバットのようなスーパーテクニックを駆使するものでは決してない。簡単なパーツをこつこつと積み上げていく作業なら、その作業手順を知れば誰にでも施工可能となる。これが私の考える標準的手術、手術の標準化ということである。標準化の目指すところは「誰にでもできるよい手術」なのである。(P111)」

「私が目指してきたものは、町の職人のようにいったん作り上げた方法(手術技術)を、来る日も来る日も同じように繰り返し、その精度のみを極限まで高めていく手術である。(P159)」

「手術というものは小さな部品を一つ一つ正確に組み上げていく時計細工のようなものである。一つの部品を違った場所に組み込んでしまったら、時計は動かない。数時間の間に無数の工程と操作を繰り返して手術は完成していく。そのすべての操作に確実性が要求されている。そして、そのような手術を行うのが心臓外科医である。したがって、心臓外科医はそのような確実な手術操作を間違いなく行うことが期待されており、かつ行う責任がある。この事実を厳然と認識している者の口からは、決して「やったつもり」などという言葉が出ることはない。(P180-181)

どうしても、プロを目指す最中の中で、テクニックに走ってしまうのは、人の性だと思います。私も若いころはそういうことがありました。しかし、もっとも大事なのは、ひとつひとつ「正確」に基本を行うこと。突き詰めると、誰がやっても同じになるように技術を標準化していくということです

本書で、著者は自分のことを「アンコウの吊るし切り」にたとえています。どんどんと、切り取られて、やがては骨身になってしまうアンコウのように、自分が培ってきた技術を標準化すればするほど、後進があっという間にそれをマスターしていわば追い抜いていくわけです。そこに一抹の寂しさや不安を感じるようです。しかし、それが医療界や大動脈手術というそのジャンルにおける進歩を考えればかかせないことだとわかります。

スーパープレイで圧倒し、あの人には誰もかなわない!そう言われると気持ち良いかもしれませんが、その個人技だけでは、何も生まれません。大事なのは、一人でも多くの基本的な技術をもった医師を輩出すること。多分に自己犠牲的な著者の姿勢が見て取れます。しかし、真のプロフェッショナルというのはそういうものかもしれないと私は思っています。著者が川崎幸病院に大動脈センターを開設したのもそのためでしょう。 「ジブンガー、ジブンガー」のプロではなく、「ダイドウミャクガー、ダイドウミャクガー」のプロなのです。よく意味がわかりませんが(笑

著者が主に師事したのは、コセリ先生ですが、この本の中にはクーリー先生という当時世界最高と言われていた心臓外科医の手術を学んだ時の記述も載せられていますが、ここからも学ぶことが多くありました。クーリー先生の手術は他のどの外科医よりも「ゆっくり」に見えるそうです。しかし、手術が終わってみると、どの外科医よりも半分ほどの時間で手術が終わるのです。続く部分では、その謎に迫っています。

世界最高の外科医クーリー先生から学んだこと

クーリー先生の手術に立ち会ったのは、比較的短期間なのでしょうけれども、この手術は著者に大きな影響を及ぼしているように見受けられます。クーリー先生の手術が、なぜ「ゆっくり」に見えて、結果として「素早いのか」の考察が見事です。

「彼の手の動きは極めて遅く、そしてなめらかである。なぜ手の動きが遅いのか?持針器を受け取った並の外科医の手は、目にもとまらぬスピードで飛び出すために、目標地点を大きく通り過ぎる。そして、引き返す。これを何度かやって、やっと目的地点に到達する。これに対してクーリー先生の手の軌跡は、1本の直線あるいは曲線である。行ったり来たりすることはない。したがって、闇雲に手を速く動かさなくても、ひとつの操作の時間は極めて短い。おまけに、並の外科医なら、操作と操作の間に必ずポーズが入るが、彼のそれぞれの操作はスムースにつながっていて連続的である。これがクーリー先生の手術がゆっくり進んでいるように見えて、実は極めて短時間で終了するからくりである。(P38-39)」

若い医師に少し厳し目に指導している際に著者は、クーリー氏の姿を思い起こします。

「物事を表面上でやりくりし、つじつまを合わせるようなやり方は、手術を行うものには無用である。手術で大切なことは、絶対に確実であること以外はやらないことである。自信がない、不確かだ、と思った時には手を止めて、確実な方法を探るようにすることである。手術中にクーリー先生がよく「Confidence」という言葉を口にしていた。些細なことでも、絶対に確実だという確信を持って進めなさいということだ。今でも手術を進めているとき、この言葉を思い出すことがある。(P181)」

物事を確実にひとつずつ進めていくことの大切さを学べます。そして、それが結果としてはもっとも早い方法なのだということも。新奇なテクニックをいろいろ集めていくよりもっと大事なのは、基本を絶対的な精度でマスターしていくこと。「絶対確実だ」という確信を持って進めていくことだ、この教訓は私にとっても大きいものです。スピードよりも大切なモノがある、そして、結果として、それはスピードにつながるわけです。かっこいいですね。聞きかじりではありますが、このスタイル、ぜひコピーしたいと思いました。

さて、著者にとって、プロとはいったい何なのでしょうか?最後にこの言葉を紹介します。

プロフェッショナルとは?

「プロフェッショナルといは・・・最初から決まったルートなどなく、一人一人がみな違ったルートをとって、最終的には「こんなところまでよく来たな・・・」という境地に達するのである。近道などない、時間をかけず、努力もしないで一足飛びに獲得できるようなプロフェッショナルはないと思う。別の見方をすれば、取り立てて器用でもなく、要領の良くない人でも、コツコツと目の前の仕事を積み上げていくことによって、誰も到達し得ない境地に達することができるのではないか。それが職業というのもではないだろうか。そう確信している。(P185)」

もともと、医師の家庭に生まれながらも、医師になる夢を持っていなかった著者が、ある時たまたま目にした救急医療に関する雑誌に触発され、医師を目指し始める、やがて心臓外科医になり、その中でも大動脈を選び、日本ではまだまだ技術が稚拙だったため米国に留学し、やがて日本での大動脈の権威になり、後進を育て・・・すべて予想できるコースではなく、目の前にあることをコツコツ積み上げてきた。そのときに自分の前にあるものに、一生懸命取り組んできた結果だと言います。実際にプロというのはそういうものなのかもしれません。

思えば遠くへきたもんだ ってことですかね(笑)

まとめ

医師ならずとも、何らかの分野でプロになることを志向している人にとって有益な本です。私自身も大いに鼓舞されましたし、同時に、今している仕事をもっと真剣に、基本に忠実に行っていこうという気持ちが高まりました。過去に読んだ、「究極の鍛錬」でも扱われていましたが、面白くない訓練をひたすら積み立てていくこと、それ以外に、究極のプロになる方法はありません。

参考:生まれつきの天才はいない、むしろ「究極の鍛錬」 ジョフ・コルヴァン

その過程、その過程は必ずしも楽しいもの、ワクワクするものではありませんが、高みから見下ろした時の景色は最高のものでしょう。 著者の提唱する手術のマスター法(脳の訓練・ノート法)は衝撃的でした。私はまったく別分野ではありますが、これからも「訓練」し続けたいという気持ちを新たにしました。とてもオススメです。


心臓外科医の覚悟 医師という職業を生きる<心臓外科医の覚悟 医師という職業を生きる> (角川SSC新書)

心臓外科医ってすごいですよね・・。

この手のドキュメンタリー大好きです。

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